特定非営利活動法人 世界遺産アカデミー/第45回世界遺産委員会が閉幕!6つの注目すべきポイントを世界遺産アカデミー研究員が解説

審議した遺産のほとんどが登録。「記憶の場」という新たな概念も

リリース発表日:2023年10月18日 10時00分

2023年9月10日~25日にかけて、サウジアラビアの首都リヤドでユネスコの第45回世界遺産委員会が開催されました。2年分の議題を審議した今回の委員会の結果について、NPO法人世界遺産アカデミーの宮澤光主任研究員が注目すべきポイントを解説します。

2023年9月10日~25日にかけて、サウジアラビアの首都リヤドでユネスコの第45回世界遺産委員会が開催されました。当初は2022年にロシアのカザンで開催されることになっていましたが、ロシアのウクライナ侵攻を受けて延期されていました。2年分の議題を審議した今回の委員会の結果について、NPO法人世界遺産アカデミーの宮澤光主任研究員が注目すべきポイントを解説します。

なお、新規登録の遺産と和訳の一覧は以下ページをご参照ください。

https://www.sekaken.jp/pdf/202309_new.pdf

NPO法人 世界遺産アカデミー 宮澤光 主任研究員

北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。早稲田大学、跡見学園女子大学非常勤講師。世界遺産アカデミーの研究員として世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、これまで全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。

ユネスコの理念を広め、多文化理解を進めることで、世界遺産の保全活動の輪を広げ、社会に貢献することを目的に設立。2006年より、世界遺産条約の理念や世界遺産の価値を学ぶ「世界遺産検定」を開催。受検料の一部はユネスコの信託基金「世界遺産基金」に寄付され、世界遺産の保護・保全に役立てている。

【世界遺産アカデミー公式HP】https://wha.or.jp/

ユネスコの理念を知り世界遺産活動の輪を広げることを目的に、特定非営利活動法人 世界遺産アカデミーが主催する文部科学省後援の検定。2006年の第1回検定以来、35万⼈以上が受検、20万⼈以上が認定されている。現在、年間の受検者数は約3万⼈。年4回、全国の主要都市で開催しており、4級、3級、2級、1級、最上級のマイスターの5つの級に分かれている。20代を中⼼に⼦どもからシニアまで幅広い受検者を集め、メディアからの注⽬も⾼い。⼤学等⼊試優遇や学校での授業にも組み込まれている他、世界遺産に関連する施設・催事などでの認定者向けの優待特典もある。受検者からは「世界遺産を勉強したら、旅がもっと楽しくなった」との声も多く、趣味・教養を深める検定としても⼈気を博している。

【世界遺産検定公式HP】https://www.sekaken.jp/

【宮澤主任研究員による6つの注目ポイントの解説】

  1. 審議した遺産のほとんどが登録

  2. 新たな概念「記憶の場」

  3. ウクライナの2つの世界遺産が危機遺産リストに記載

  4. 危機遺産リスト入りが勧告されていた「ヴェネツィアとその潟」は指定を回避

  5. 危機遺産リストから削除された遺産も

  6. その他

①審議した遺産のほとんどが登録

登録

情報照会

登録延期

不登録

勧告

31

9

9

1

決議

47

0

3

0

新規登録で審議された遺産のほとんどが「登録」決議になったのは今回特筆すべき点の一つです。2022年分と2023年分の遺産の審議を行いましたが、審議した50件(登録範囲拡大の再推薦を含む)のうち47件が「登録」決議になりました。様々な意見は出たものの、次々と決まっていった印象です。事前の勧告でも「登録」勧告が多かったのですが、「情報照会」と「登録延期」の勧告だった18件のうち16件が登録、「不登録」勧告だった1件は一段階アップの「登録延期」決議でした。

これは、推薦段階でしっかりと保全計画を含む推薦書を整えてきているという側面も大きいのですが、審議の中で各委員国の代表がポジティヴな発言をして登録を後押ししており、どこか登録を前提に皆が発言をしているようにも感じました。とりあえず登録して不十分なところは後から追加で報告を受けようという雰囲気が、もしかすると強かったのかもしれません。

こうしたやり方は、本来の「世界遺産の保護・保全の立場」から考えるとよいとは言えないですが、ルワンダ初の世界遺産が今回誕生したように、世界の多様性を代表するという「世界遺産の意義」から考えると、国際会議の場での話し合いとしては悪いとも言えないと個人的には思います。ちなみに、ルワンダの遺産2件への勧告は「情報照会」と「登録延期」でした。ルワンダでの世界遺産誕生により、世界遺産を保有する国と地域は168になりました。

②新たな概念「記憶の場」

(写真)第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場

「記憶の場(サイト・オブ・メモリー)」という概念の下に登録された遺産があるのも、今回の特徴の一つです。次の3つの遺産が「記憶の場」に関する遺産として登録されました。

  • ESMA 博物館と記憶の場:拘禁と拷問、虐殺のかつての機密拠点(アルゼンチン)

  • 第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場(ベルギー/フランス)

  • ルワンダ虐殺の記憶の場:ニャマタ、ムランビ、ギソジ、ビセセロ(ルワンダ)

「記憶の場」は、国家とその国民(少なくとも国民の一部)もしくはコミュニティが、記憶に残したいと考える出来事が起こった場所のことです。また、そこは平和と対話の文化を促進する教育的な場所でなければならないとされています。

これは「負の遺産」と似ているようにも感じますが、「負の遺産」は正式に定義されていませんが、「記憶の場」は「近年の紛争(リーセント・コンフリクツ)」に関連して正式に定義されている点が大きく異なります。

世界遺産は不動産を登録するものですが、文化財は人々の記憶と結びついているものなので、「記憶の場」として抽象的な概念を価値に含んでいくことには私は賛成です。ただ、「記憶」や「歴史」というのは極めて主観的な側面を持っており、どの「記憶」や「歴史」を「顕著な普遍的価値」をもつ世界遺産として登録し守っていくのかは、どの文化遺産についても言えることですが、とても慎重である必要があります。

③ウクライナの2つの世界遺産が危機遺産リストに記載

(写真)キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェルスカヤ大修道院

ロシアによるウクライナ侵攻が文化財に深刻な影響を与える懸念があった中で、今年(2023年)1月の世界遺産委員会臨時会合で世界遺産登録された「オデーサの歴史地区」にある大聖堂が、7月に実際に空爆の被害にあいました。世界遺産委員会でもこのことは深刻に受け止められ、「リヴィウ歴史地区」と「キーウ」が危機遺産リストに記載されました。危機遺産リストへの記載は、戦争による破壊への直接的な抑止力はないかもしれませんが、ユネスコが文化財保護を国際的に呼びかけたことで、ウクライナへの注目を再び集め文化財保護の関心を高める効果はあると思います。

④危機遺産リスト入りが勧告されていた「ヴェネツィアとその潟」は指定を回避

(写真)ヴェネツィアとその潟

諮問機関のICOMOSが危機遺産リスト記載の勧告『ヴェネツィアとその潟』が、危機遺産リスト入りを免れました。とりあえずは経過観察ということのようです。ヴェネツィアは多すぎる観光客の問題や、大型フェリーによる環境負荷の問題、高潮の問題など多くの課題を抱えています。今回は、観光客から入島料を徴収する計画や、大型フェリーの入港制限、可動堰のプロジェクトなどに一定の評価が与えられたということですが、これらは問題が解決したわけではないので安心はできません。

⑤危機遺産リストから削除された遺産も

(写真)カスビのブガンダ王国の王墓 © UNESCO

2010年の世界遺産委員会で危機遺産リスト入りしていた『カスビのブガンダ王国の王墓』がリストを脱しました。これは2010年3月に原因不明の火災により焼失したためリスト入りしていたのですが、再建と火災対策がなされたことが評価され、リストを脱しました。日本は再建や火災対策に技術的にも財政的にも支援を行ってきており、日本の国際貢献も評価されました。

⑥その他

今回、ロシアは議長国を降りましたが、世界遺産ビューロー会議のメンバーとしては残り、世界遺産委員会にももちろん代表団が参加していました。国連のように会議が形骸化したり非難の応酬になったりする不安もありましたが、議長を務めたサウジアラビアのアブドゥレラー・アル・トゥカイス博士の下で大きな混乱もなく会議は進みました。

ロシアの侵攻によりウクライナの遺産が破壊されたという指摘に対してロシアが反論したり、ウクライナのキーウやリヴィウの危機遺産リスト記載に対してロシアが、ウクライナ自身がすでに遺産の真正性を損なってきたと反論するなどありましたが、概ね想定内でした。キーウとリヴィウが危機遺産リスト入りした決議文の中に、ウクライナの文化や自然を破壊する行為の停止が盛り込まれましたが、そこに「ロシア」という言葉は含まれておらず、委員国であるロシアへの配慮はあったようです。

会議中は、日本の尾池厚之ユネスコ特命全権大使が何度も積極的に発言されていたことが印象的でした。また、パレスチナの「古代エリコ/テル・エッ・スルタン」の登録がイスラエルとユネスコの関係を更に悪化させそうな点は、最近のガザ関連のニュースと相まって心配です。

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