ホテルや旅館などで使われる業界用語「Wash(ウォッシュ)」とは?HOTTELの記者がわかりやすく解説

旅行系WEBメディア「HOTTEL」に記事を書くトラベルライター”TAKA”です。旅についての疑問や噂について真相をつきとめ、わかりやすく解説します。

今回は、ホテルや旅館の業界で使われる専門用語「Wash(ウォッシュ)」についてお話しします。旅行をされる際に宿泊施設の予約システムや業界の事情について理解を深めることで、より快適で安心した旅の計画が立てられるようになるはずです。それでは詳しく見ていきましょう。

Wash(ウォッシュ)とは何か?基本的な意味

結論から申し上げますと、ホテルや旅館業界で言う「Wash(ウォッシュ)」とは、予約済みの客室数が減少することを意味する業界用語です。特に団体予約においてこの概念が重要とされています。

この言葉は「物体がとけてなくなる」というイメージから、「予約がなくなってしまう」つまり「キャンセルになる」という意味で業界スタッフ間で使われるようになったと言われています。アメリカの航空業界やホテル業界で生まれた用語がそのまま日本でも使われるようになったとされており、ホテルと旅館の両業界で広く活用されている専門用語です。

ホテルやビジネスホテルでは「Wash」と呼ぶことが多いのに対して、旅館では「融ける」という表現でも同じ意味で使われていることがあります。つまり、同じ現象を指しているのですが、業態や施設によって異なる呼び方をしているということです。

Washが重要視される背景

Washが特に注目されるのは、ホテルや旅館にとって極めて重要な「レベニュー・マネジメント」という経営戦略と密接に関係しているからです。レベニュー・マネジメントとは、簡単に言うと「将来の需要を予測して、最適な価格を設定し、収益を最大化する客室販売の手法」のことを指します。

航空業界で生まれたこの手法が、「繰り越せない在庫」という共通の特性を持つホテル業界に広がっていきました。客室は一度その日が過ぎてしまうと、その日の売上を得ることができないという致命的な特性があるためです。だからこそ、予約がどれほど減少するのかを正確に予測することが、ホテルの経営にとって非常に重要なのです。

Wash率とは?予測の方法と計算式

ホテルやレベニュー・マネジメントの実務では、「Wash率」という指標が頻繁に使われています。Wash率とは、仮予約から最終決定までの間に、予約がどれだけ減少する可能性があるかを示す割合のことです。 これは、催行が決定した後から最終決定までどれだけの客室数が減少するかを示す「狭い意味」での使い方をされることが多いようです。

より広い意味では、「仮予約からどれだけ客室数が減少するか」という意味で使われることもあります。このあたりが、宿泊施設間でもノウハウの差が出やすい部分であり、Wash率を正確に把握できているかどうかで経営の質が大きく変わってくるわけです。

ホテルやシステム会社の担当者によると、Wash率は主に団体の種類によって異なり、おおよそ10%程度が業界の目安だと言われています。もちろん、団体ごとに減少の傾向は大きく異なります。例えば、学生の修学旅行やサークルの合宿では比較的Wash率が高い傾向があり、企業の公式な宴会では比較的Wash率が低いという傾向が見られることがあります。

レベニュー・マネジメントの実務では、次のような計算式で予測を立てます。

Forecast(フォーキャスト) = On Hand(オンハンド) – Wash(ウォッシュ) + Pick Up(ピックアップ)

つまり、「予測宿泊者数 = 現在の予約数 – 予約の減少予測数 + 新規予約増加予測数」ということになります。このように、ホテルのスタッフは複数の要因を組み合わせて、その日の宿泊者数を予測しながら料金設定や在庫管理を行っているのです。

予約区分による違いと業界の工夫

Wash率を精密に計算するためには、予約区分が非常に重要な役割を果たしています。予約区分とは、予約の段階を複数のカテゴリーに分けて管理する仕組みのことです。一般的には「仮予約→確定」という2段階程度で管理されることが多いのですが、本格的なレベニュー・マネジメントを実施している宿泊施設では、より細かく「リクエスト」「仮予約」「催行確定」「最終決定」といった段階で管理しているとされています。

例えば、仮予約の段階であれば、Wash率は大きくなるかもしれません。これは、まだ確定していない予約だからです。一方で、最終決定まで進んでいる予約であれば、Washはないと予測できます。このように、予約がどの段階にあるのかによって、Wash率の予測値が大きく変わってくるのです。

国産のホテル予約システムでは、予約区分を「仮予約→確定」の2段階しか持てないものが多いとされており、これが日本のホテル業界でのレベニュー・マネジメント実施の障害になっている側面があります。一方、海外の大型チェーンホテルなどでは、より細かい予約区分を持つシステムを導入していることが多いとされています。

旅行会社との関係と実務上の工夫

Wash率が特に大きな課題になるのは、団体予約を取り扱う場合です。特に旅行会社を通じた団体予約では、最終人数が変わることが多々あります。具体的には、以下のようなシナリオが考えられます。

旅行会社が、例えば「30室で予約します」と申し込んできたとします。しかし、その旅行商品の集客がうまくいかず、実際には20室に減ってしまった、というケースです。これがWashです。このような状況に対応するため、宿泊施設側は旅行会社や幹事の方から「集客状況が思わしくないようだ」といった個別の情報を集めることで、Wash率の予測精度を上げようとしています。

業界関係者によると、Wash率を計算する際には、以下の2つの指標が重要だと言われています。一つは「催行率」で、これは「キャンセル数と最終決定数から計算した催行率」のことです。もう一つは「仮予約から確定予約になるまでの確定率」です。これらの指標を組み合わせることで、より正確なWash率の予測ができるようになるわけです。

実務上、団体予約の減少予測が苦手なホテルは、団体予約区分を管理していないか、Wash率を把握できていないかのどちらかだと言われています。逆に言えば、この2つをしっかり管理できているホテルは、より高い精度での経営計画が立てられるということになります。

Washの良い点・メリット

ここまで聞くと、Washは悪いことばかりのように思えるかもしれません。しかし、実はこの概念にはいくつかの重要なメリットがあります。

第一に、予約の減少を事前に予測できるということ自体が、ホテルの経営にとって非常に有用です。 予約の減少を予測できれば、その分を他の販売チャネルでカバーする戦略を立てることができます。例えば、団体予約で減少が見込まれる場合、その分を個人予約でカバーするように料金を調整したり、プロモーションを工夫したりすることが可能になります。

第二に、Wash率を正確に把握することで、ホテル側の過度な不安を減らすことができます。 「本当にこの団体予約は実現するのか」という不安を持ちながら経営をするよりは、「過去のデータから、この種の団体では10%程度のWashが見込まれる」という客観的な根拠に基づいて経営判断ができるということは、極めて重要なメリットだと言えます。

第三に、他の予約チャネルへのPickUp(新規予約の増加)をより積極的に狙うことができるようになります。 Wash率が把握できていれば、「この日は合計で30室が売れるはずだ」という見通しが立ちやすくなり、個人予約でそこまでに到達することができるよう、値段や販促活動を調整することが可能になるわけです。

良い点をまとめると、Wash率の概念を使いこなすことで、ホテルやー旅館は以下のような利点が得られます。

  1. 予約の減少をデータに基づいて予測できることで、経営判断がより確実になる
  2. 他の販売チャネルでの代替戦略を立てやすくなる
  3. 顧客満足度の維持と収益性のバランスをより良く取ることができる
  4. スタッフの業務効率が改善され、無駄な確認作業が減る
  5. チェーン展開しているホテルの場合、本社での経営戦略立案がより迅速になる

おすすめのポイント: これらの利点から考えると、ホテルや旅館が詳細な予約区分を管理できるシステムを導入することは、極めて価値のある投資だと言えます。特に団体予約を多く取り扱う施設ほど、このWash率の管理が経営に直結するため、おすすめの対策となるわけです。

Washの悪い点・デメリット

一方で、Wash率の概念にも課題があります。

第一に、Wash率の計算は極めて複雑であり、統計的なノウハウが必要です。 日本国内のホテルシステムの多くは、2段階程度の予約区分しか対応していないため、より細かいWash率の計算ができません。このため、本格的なレベニュー・マネジメントを実施したくても、システムの制限により、十分に実施できないホテルが多く存在しているのです。

第二に、Wash率の予測が外れた場合、かえって経営判断を誤ることになります。 例えば、「この種類の団体では10%のWashが見込まれる」という想定で在庫管理を行っていたのに、実際には20%のWashが発生してしまった場合、その日の宿泊者数は大きく減少し、予想外の損失が発生することになります。

第三に、旅行会社とのコミュニケーションが十分でない場合、Wash率の予測の精度は大きく低下します。 旅行会社からの詳細な情報提供がなければ、単なる過去データの平均値に依存するしかなくなり、実際のWashとのズレが大きくなりやすいのです。

デメリットをまとめると、以下のような課題が考えられます。

  1. システムの制限により、十分なWash率の管理ができないホテルが多い
  2. Wash率の予測が外れた場合、経営判断を誤るリスクがある
  3. 旅行会社からの情報提供が不十分だと、予測精度が低下する
  4. 団体予約の変更・キャンセルに対応する事務作業が増加する
  5. 複数のシステム間でのデータ連携が不十分だと、情報管理が煩雑になる

おすすめできない側面: Wash率の概念に完全に依存し、個人予約や小規模な団体予約との区分けを厳密にしすぎることは、かえってホテルの経営を硬直させることになります。また、旅行会社との関係を損なうほどに厳しいWash率管理を行うことは、長期的な関係構築の観点からはおすすめできません。

Q&A:Wash(ウォッシュ)について

Q1:団体予約をした後に人数を減らしたい場合、Wash扱いになるのですか?

A1:はい、そうなります。団体予約後の人数減少はWash現象です。ただし、予約段階によってその対応が異なります。仮予約の段階での人数変更であれば比較的容易ですが、催行が確定した後の人数減少については、宿泊施設側からキャンセル料を請求されることもあります。日本観光施設協会などが設定した基準では、20日前までであれば無料でのキャンセルが可能とされていますが、7日前から2日前であれば20%、前日であれば40%、当日・無連絡であれば100%のキャンセル料が発生することが一般的です。

Q2:個人予約ではWashという概念は使われないのですか?

A2:一般的には、Washという概念は主に団体予約に関連して使われます。ただし、個人予約についても同様のキャンセルは発生しますが、その場合は単に「キャンセル」という用語で呼ばれることが多いです。レベニュー・マネジメントの観点からは、個人予約のキャンセル率も重要な指標ですが、Wash率という特別な用語で呼ぶことは一般的ではありません。

Q3:ホテルはどのようにしてWash率を予測しているのですか?

A3:ホテルは、過去の実績データを分析することで、団体の種類別・時期別にWash率を把握しています。例えば、「春の修学旅行の団体はWash率が15%」「秋の企業の宴会はWash率が5%」といったように、細分化されたデータを持つホテルもあります。さらに詳細な予測を行うために、旅行会社や幹事からの情報提供(集客状況、参加予定者の確認状況など)を活用しています。

Q4:予約システムを導入することでWash率の管理は改善されますか?

A4:はい、大きく改善されます。特に予約区分を細かく設定できるシステムや、AI機能を搭載したレベニューマネジメントシステムを導入することで、Wash率の予測精度が大幅に向上します。ただし、システムの導入だけでなく、組織全体でのオペレーション改善やスタッフ教育も同時に行う必要があります。

トラベルライター”TAKA”の独自考察:Washという概念から見えるホテル業界の課題と未来

ここまで、Wash(ウォッシュ)という概念について詳しく解説してきました。この業界用語を深掘りすることで、ホテルや旅館業界がどのような課題に直面しており、どのように対応しようとしているのかが見えてくるのです。

現在のホテル業界では、デジタル化と経営の高度化が急速に進んでいます。 コロナ禍を経てインバウンド需要が急速に回復している中、ホテルの稼働率は以前の水準まで戻りつつあります。しかし、人手不足が深刻化している一方で、様々な販売チャネルからの予約が増加し、予約管理がより複雑になってきているのです。

従来であれば、「大手旅行会社との電話でのやり取り」が団体予約の中心でしたが、現在ではOTA(オンライン・トラベル・エージェント)を通じた予約、グループチャットでのやり取り、SNSを通じた小規模な団体予約など、多様な予約形態が存在するようになってきました。このような複雑な状況下では、Wash率を正確に把握することの重要性はますます高まっているわけです。

しかし同時に、日本国内のホテル予約システムの多くが、2段階程度の予約区分にしか対応していないという現実があります。 これは、国内のホテルチェーンが、海外の大型チェーン(例えばマリオット・インターナショナルやヒルトン・ホテルズなど)に比べて、システム投資の規模が限定的であることを示唆しています。

ここに、日本のホテル業界における一つの大きなチャンスが隠れていると私は考えます。 予約システムの高度化、レベニューマネジメント機能の充実、AIを活用したWash率予測の自動化などが進むことで、中堅規模のホテルでも、大型チェーンと同等の経営戦略が実行できるようになる可能性があるのです。

実際に、近年では「PROPERA」というレベニュー・マネジメント機能をホテル管理システム(PMS)に組み込む試みが進んでいます。これまでは別々のシステムを運用する必要があったものが、統合されることで、業務効率が大幅に改善されるようになってきているのです。

また、旅行の計画段階での利用者側の行動変化にも注目すべきです。 星野リゾートのような大型リゾート施設では、「予約完了後にチェックイン当日の午前9時まで人数やプランの変更が可能」といった柔軟な対応を始めています。これは、Washという課題を「予防する」という新しいアプローチ方法です。事前にWashが発生しにくい予約システムを設計することで、結果的にWashによる損失を減らそうという発想です。

さらに考えると、Wash率の概念は、旅行者側にとっても重要な意味を持つようになるかもしれません。 現在、多くの旅行者は団体予約でのキャンセル料金体系の複雑さに戸惑っています。「なぜ、ちょっと人数が減っただけでキャンセル料が発生するのか」という疑問を持つ人も多いでしょう。しかし、ホテル側はWashという経営課題に直面しているからこそ、このような料金体系を設定せざるを得ないのです。

透明性のある、わかりやすいWash率の情報開示が進むことで、旅行者とホテルの関係はより良好になる可能性があります。 例えば、「このホテルは、この時期の団体予約では、平均的にWash率が8%です」という情報が予約段階で明示されれば、旅行者側も「そういう事情なら、早めに人数確定を連絡しよう」という心構えになるかもしれません。

つまり、Wash(ウォッシュ)という業界用語を、単なる「ホテル側の悩み」ではなく、「旅行者とホテルの間での情報共有と相互理解を進めるきっかけ」へと転換していくことが、日本のホテル業界にとって次の成長段階に必要なのだと、私は考えるのです。

最後に一つ強調したいのは、現在のホテル業界における「Wash率管理」の進化は、単なる経営手法の高度化ではなく、旅行体験全体の質向上に直結しているということです。より正確な需要予測ができれば、ホテル側の在庫管理の精度が高まり、結果的に旅行者への対応がより迅速かつ丁寧になるからです。予約の変更依頼に素早く対応でき、料金設定がより公正になり、スタッフの無駄な確認作業が減って、本来のおもてなしに力を注ぐことができるようになるわけです。

旅行者の皆様が安心して旅の計画を立て、変更が必要な場合でも柔軟に対応してもらえるようなホテル業界へと進化していく中で、Wash(ウォッシュ)という概念の正しい理解と活用が、今後ますます重要な役割を果たしていくことになるでしょう。