都心7区オフィスの潜在空室率2.32%──歴史的低水準が示す東京ビジネスエリアの今
1.調査結果のポイント
三菱地所リアルエステートサービスが2025年11月末時点でまとめた大規模オフィス(延床3,000坪超・987棟)の市況データによると、東京都心7区(千代田・中央・港・新宿・渋谷・品川・江東)の潜在空室率は2.32%となり、前月比0.14ポイント低下しました。コロナ禍直後に一時6%超まで上昇した空室率が2%台前半まで縮小したのは約5年ぶりです。R.E.port(2025年12月9日)
潜在空室率は「テナント募集中区画を分母に算出する指標」であり、実際に稼働している床の空き具合をより的確に表します。都心7区全体での2%台は、2019年以前のピーク需要期に近い水準で、需給がほぼ均衡もしくは若干のタイト化に向かっていることを示します。
2.区別の詳細内訳
最新調査による7区の空室率は以下のとおりです。
- 千代田区:1.08%(前月比▲0.10pt)
- 中央区 :2.52%(▲0.59pt)
- 港区 :2.12%(▲0.04pt)
- 新宿区 :2.49%(+0.19pt)
- 渋谷区 :1.26%(+0.01pt)
- 品川区 :2.89%(▲0.44pt)
- 江東区 :6.85%(+0.02pt)
千代田・渋谷の1%台は依然として超低水準で、港区も2%台前半まで改善。一方、江東区は湾岸部の大型供給が尾を引き6%台にとどまっていますが、依然として低下傾向が続いています。これらの区別格差が、テナントの「コスト優先か立地優先か」という選択を左右しています。
3.平均募集賃料の動向
同レポートによる平均募集賃料は坪あたり27,077円で、前月比435円の上昇。主要5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)の平均は31,630円となり、3カ月続けての上昇トレンドを維持しました。特に中央区は1,430円/坪の大幅上げが目立ち、築浅ビルへの成約集中が価格を押し上げています。
賃料の押し上げ要因は「低空室率によるオーナー側優位」と「高機能オフィスへのニーズ拡大」の2つ。ハイブリッドワーク定着後も、企業は「出社体験の質」を高めるために立地・設備が優れるオフィスへ移転・増床する傾向を示しています。
4.空室率低下の背景要因
- 大型成約の連鎖:IT・専門サービスを中心に、複数フロアをまとめて賃借する例が増加。
- 新規供給の一服:2025年は大型竣工が少なく、供給増加が限定的。
- 内部増床需要:在宅・出社のハイブリッド運用で、社内改装を伴う増床ニーズが復活。
- インバウンド関連企業の拠点集約:中央・港区で観光需要回復を見込んだ外資系企業の拠点増強が顕在化。
結果として、空室が埋まりやすいマーケット環境が整い、特に築浅ビルでは一時的な空きがすぐに解消される状況が生まれています。
5.時系列で見る改善スピード
前年度からの推移をたどると、都心7区の潜在空室率は2025年6月に3.58%、7月に3.20%、8月に2.85%(主要5区)と低下を続け、11月に2.32%まで縮小しました。東京都宅建協会ニュース(2025年8月8日) など複数月の統計を比較すると、特に7月以降は毎月0.3〜0.4ポイントのペースで下がっており、改善スピードは予想を上回ります。
ただし、江東区を含む湾岸部には大型再開発の供給計画が控えており、区別では空室率が再び拡大する可能性を残している点に注意が必要です。
6.オーナーサイドの影響
空室率の急低下はオーナー側に賃料交渉力の回復をもたらします。実際、多くの物件で『フリーレント期間の短縮』『内装一部負担の縮小』など、インセンティブを絞る動きが観測されています。また、低稼働に悩んでいた築古ビルでも、共用部改修やZEB化などの付加価値投資に踏み切る事例が増え、早期のテナント誘致に成功するケースが出てきました。
一方、港区・渋谷区の築浅ハイグレードビルでは既に賃料が2019年ピーク比95%超まで戻り、一部では更新時に数%の値上げを提示する案件も出始めています。
7.テナント企業にとっての意味
- 移転・増床検討は前倒しが有利:良質物件の選択肢が早期に埋まるため、遅れるほど条件交渉が難しくなる。
- BCP視点の分散配置:江東区など供給余力の大きいエリアをバックアップ拠点として組み合わせれば、賃料コストを抑えつつリスク分散が可能。
- 内装一体型賃貸“セットアップオフィス”の活用:初期投資を抑えてスピード入居できるため、スタートアップやプロジェクト拠点に適する。
とりわけ千代田・中央と湾岸部を組み合わせる「ツーサイト戦略」は、採用強化とコスト最適化を同時に実現できる手法として注目されています。
8.今後注視すべき指標
- 2026–2027年の新規供給予定延床面積:直近2年間の低水準が続けば、空室率はさらにタイト化する可能性。
- 在宅勤務率の推移:出社率上昇なら実効床需要が拡大、逆に横ばいなら賃料上昇余地は限定的。
- 海外企業の拠点開設件数:円安で優位性が高まる中、外資流入が持続すれば高価格帯ビルの競争が激化。
これらの指標をウォッチしながら、自社の働き方・組織戦略と照らし合わせたオフィス計画を策定することが、2026年以降のオフィスマーケットで主導権を握る鍵となります。
9.まとめ
都心7区の潜在空室率2.32%は、東京オフィス市場が“需給正常化”から“逼迫モード”へ移行しつつあることを示唆しています。オーナーには賃料改善と付加価値投資の好機が、テナントには迅速な意思決定と立地戦略の見直しが求められます。短期的には賃料上昇圧力が強まる一方で、湾岸エリアの大型供給やテクノロジー企業の成長スピードなど、市況を揺さぶる要素も残っています。数字が示す現実を正確に読み取り、早めの戦略立案につなげることが、激変する都市ビジネス環境を生き抜く第一歩となるでしょう。








